本棚に住み着くnoise

小説や映画の感想をやっています。自分が思ったことが前提なので否定は御容赦

「利他的なマリー」の考察

noiseです。

このブログで不定期ですがラノベなどの感想や考察をしていきたいのでよろしくお願いしますね。。。

映画についてもやれるといいなと思ったり。。。

それでは、本題に。

 

電撃文庫から出版された御影瑛路さんの「利他的なマリー」についてやっていきます。

ちゃんとしたあらすじなどは出版社様のほうから出てるはずですから気になった方はしらべてみてくださいね?

この本、伏線と呼んで行っていいのか分からない伏線がはりめぐらされていてすごかったです。

この世界はもうすぐやってくるのではないかという近未来がイメージされていて、作中に出るコンタクト型ディスプレイとかVRが日常生活でも使われているようでした。

いろいろ病気になった自分的には、病歴とか表示してくれるといいな。知らない人でも気遣ってあげれるし、気遣ってもらえるかも。

しかしこの作中で表示されているのはその人の金額的価値。

イメージは仮想通貨そのもの。他人がつけた自分の評価が、そのままお金になる。

だから、みんな自己アピールを忘れない。→利己的な人々

将来有望な人は若くして億万長者にもなりうる世界。

それが目に見えて表示されている。

自分の金額が低ければ、自分だったら、劣等感で溺れてしまうわ。。。

でも、私たちの世界でも似たようなことはおきてますよね。。。

学歴とかテストの点数、成績、自分のほうが上だということでマウントとろうと。

 「才能と努力」・・・

そんな世界で生きるユウスケにすごく感情移入してしまいました。

途中から一人称がユウスケとカナタが変化するのがすごく驚きでこの構造にかえることで、利他的に動いたユウスケとマリーのため利他的に動いているカナタの対比がとても分かりやすく進んでいるなって。

平等にすることで差がうまれ不平等になる。

平等ってなんなんでしょうかね。

途中から何かいているのか分からなくなってしまいましたけどまあ初めてだし。。。?

事件後リリカがどう立ち直っていったのかの番外編読みたくなりました。

お疲れ様です。